編集室だより

2025年6月30日発行 No.138 夏号

星田 宏司

 

■4月8日(火)18時より、東京半蔵門にある「エフエム東京」にて、「上野の森音楽祭」の中の一環として、「上野と珈琲」の、特に「上野と可否茶館」について録音収録。写真はホームページより転載 <左>矢田部吉彦 星田宏司

■私の珈琲研究の一つは、日本のコーヒー史であるが、特に、日本で日本人が最初に作った珈琲店(喫茶店)はどこか?で、それは、鄭永慶(日本人である)が、1888(明治21)年4月13日、上野西黒門町に開店した「可否茶館」であると確信できたのである。

2011年8月10日 東京新聞より転載

■ところが、その設立百年後、コーヒー関係団体や喫茶店組合・コーヒー研究者も、誰も表立ってそれに触れないので、誰かが記念しなければと、思い切ってまとめて出版したのが、『日本最初の珈琲店-可否茶館の歴史』だったのである。 ■いうなれば、それが契機になり、私が珈琲の研究に深入りしひいては、この「珈琲と文化」を出す出発点になり、また「日本コーヒー文化学会」を作る契機にもなったのである。

■そのため、「可否茶館」について話してもらいたいという話がくると、知ってもらいたいという思いになり、振り返れば、テレビの民放各局には、すべて出潰し、新聞や雑誌の取材にも応じてきたので、もう辞めにしていたところに、地元の上野の音楽祭の一環で「ぜひ話してください」と言われると、断るわけにもいかず、1時間ほどの録音に出向いたわけである。

■結果的には、今まで細かく話せなかったことも言うことができて、良かったと思っている。

■5月10日(土)、「河野サイフォン百周年」パーティに出席。現社長の雅信氏には、かつて本誌にも執筆いただいたが、むしろ本誌を出す前から、先代の敏夫社長をお訪ねし、戦前の珈琲業界の話や人々のことなどの話をおきかせいただいたことなどを思いながら、お祝いした。

■5月14~15日、大阪・京都。大阪では、「平岡珈琲店」で対談(本号掲載)。また、何軒かの店にも寄ることができた。写真はホームページより転載

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