編集室だより

2025年3月30日発行 No.137 春号

星田 宏司

■本号から、創刊以来35年目に入ります。これまで続けてこられたのは、コーヒーを愛する多くの人々の暖かい応援があったからだと、感謝するばかりです。

 

■お酒類が飲めない私にとって、高校時代から仲間と一緒に入ってダベッタ新宿の喫茶店と、そこで飲んだ一杯のコーヒーから始まり社会学の絶版本を求めるため、中野から吉祥寺までの各駅で巡った古本屋、そしてそんな時に買った井上誠さんの『コーヒー入門』を読んでから始まった珈琲本の収集が始まりでした。
■定期的に購読するようになった「古書通信」で、豊橋市の珈琲研究家の伊藤博さんが、毎号の探究本欄に『オール・アバウト・コーヒー』を掲載しており、氏の著作である『珈琲探訪』なども買ったりしているうち、ある古本屋が珍しい珈琲本を2点出品し、私が手に入れたことを知った伊藤さんから、ぜひ見せてほしいとの電話をいただきお会いした後、手紙や電話での交際が始まりました。

■様々な珈琲本を読んでいるうち、私の興味は、日本人が日本で最初に作った「珈琲店」はどこかということに行き着きました。いろいろの本を読んで、1888(明治21)年に作られた「可否茶館」であると確信したのですが、いずれの本も、この店についての記述に間違いがあるのです。(今でも)

■それは、石井研堂氏が『明治事物起源』の本に初めて「コーヒー店の始祖」を書いた中の間違いが、この本の記述が本当だと信じ、孫引きで引用し、さらに引用した本をまた引用することから起こったことでした。

■その誤まりを正すために、私は初めて本にまとめ、『日本最初の珈琲店』(現在は『日本最初の喫茶店』と題し発売中、いなほ書房刊、税込1,650円)を出版し、珈琲の歴史研究にのめり込むようになりました。

■あげくは、コーヒー愛好家が話し合える会ができればと伊藤さんとも常々語り合って、できたのが「日本コーヒー文化学会」です。ここで知り合った多くの人が、原稿を寄せてくれたのです。

■「日本コーヒー文化学会」が出来る前に本誌は創刊したのですがその時、「コーヒー組合」の方に相談したところ、「星田さん、今までも何人もの人が雑誌を出したけれども、どなたも3号も出せないうちにダメになったから、止めた方が良いですよ」と忠告してくれました。けれども私は、コーヒーの歴史と文化に特化した雑誌にしたかったので、誌名を「珈琲と文化」にすることを決意していましたし、出すのなら10号までは赤字でも出そうと思いました。

■それが今まで出してこられたのは、皆様の協力と好運というほかはないのですが、創刊号で読んでもらうためには「カフェ・ド・ランプル」の関口一郎氏のインタビューを載せればと、初めてランプルに入り、おそるおそる関口さんにお願いしたところ、こころよく了承いただき、それ以来、関口様の本を6冊出すほど親しくさせていただきました。感謝しかありません。

■ところで、本号では、井谷様のほか何人かの方が多忙のため、その貢が休載になってしまいましたが、関口様の対談、「もか」の標様の講話など、今ではなかなか読めない文書を掲載できました。関口様の文章は、新刊の『珈琲こだわり座談集』(税込3,300円)に収録したものです。

■4月には、鶴岡市の「コフィア」店主・門脇祐希氏が編集した『しめぎさんのコーヒー話し』を復刻出版します(A4判・オールカラー、税込1,980円)。標交紀さんと酒井天美さんの対談をまとめたもので、標さんのコーヒー、もかの店の写真、襟立博保氏・井上誠氏の思い出と写真がふんだんに掲載された貴重な本になっています。

■荻原駿著『正解は、コーヒーに訊け』(三才ブックス発行、A5判並製、税込1,760円)を謹呈していただきました。内容は、コーヒーをもっと飲みたくなる・もっと掩れたくなる他実用的エッセイ。参考になる本です。

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